宿題をやる意味、考えたことありますか?
【宿題をやる意味、考えたことありますか?】
宿題がたくさん出た日は、気分が重くなりますよね。私も子どもの頃そうでした。
さっさと終わらせればいいのに、後回しにしてしまいもう大変。
朝になってもまだ終わってない、そんなこともありましたね。あまり大きな声では言えませんが。
宿題を出される側の気持ちとしては、「やりたくないことを無理やりやらされる」といった被害者意識を持たれる人も多いかもしれません。
でも、宿題を出す側には、そんな意地の悪い気持ちは(おそらく)無くて、「何をさせるのが一番生徒にとって効果的か」という生徒への一途な思いが込められているのです(たぶん)。
そこで、今日は、宿題をやる意味について、私の考えをお話しします。
■ 宿題の目的
勉強でもスポーツでも、反復練習は欠かせません。宿題というのは、これまで身につけた内容をきちんとマスターするために出される課題です。宿題の目的はいろいろありますが、例えばこんな感じです。
授業で理解した内容を忘れないように
身につけた技術を向上させるために
スピードや精度をさらに高めるために
まとめると、
これまでの課題をクリアしておかないと、さらに上のステージは目指せないから、次の授業までに練習しておいてね。
宿題とは、そんな願いが込められた、「自分にとって必要な課題をクリアする」というミッションなんです。
■ 宿題がやたら多くなる理由
一人一人クリアすべき課題は違いますから、本来なら出される宿題も一人一人違うものであるべきです。でも、学校や集団指導の塾では、個々の課題に対応はしてくれません。
先生は、個々の課題をきちんと把握しているわけでもなければ、個別に宿題を用意する時間も労力もありません。だから、苦手な人用の簡単な問題から得意な人用の難しい問題まで、全部まとめてクラス全員同じ宿題にするしかないのです。
その結果、簡単すぎてわざわざやる必要のない宿題だと感じる人もいるでしょう。
反対に、難しすぎてどうやってもできない無理な宿題だと感じる人もいるでしょう。
集団指導では、これは仕方のないことなのかもしれません。
■ ひどい宿題が出されることも多い
夏休みになると、宿題のボリュームが増えてさらなる悲劇が起こります。
こんなことやらせて意味あるの?と言いたくなるほど、先生の自己満足としか思えない、ひどい宿題が頻繁に登場します。
これまで私が聞いた中で、一番ひどいと思ったのは、中3生が夏休みに出された数学の宿題で、
「1・2年の総復習問題集1冊全部をノートに3回やって、各自で答え合わせもして、間違えた問題は赤ペンで答えを書き写す」
というものでした。
反復練習に意味はあるとしても、問題集全ての問題を3回くり返すにはかなりの時間がかかります。それに、間違えた問題をわからないまま、その答えを赤ペンで書き写すことの意味もわかりません。
まず、1回目で解けた問題を、わざわざ2回も3回もやる時間がもったいない。やり直すなら、1回目で間違えた問題を2回目にやる、2回目で間違えた問題は3回目にやる。その方が十分効果があって効率的だと思います。
しかも、ずっとわからない問題は3回連続で赤ペンです。語句の暗記ならくり返す意味もありますが、数学の答えを3回書くことの効果がどれだけあるのか疑問です。
赤ペンで答えを写しても、課題をクリアできたことにはなりません。クリアすべき課題が見つかっただけのことです。さらに残念なことに、学校で夏休みの宿題の解説授業は無かったそうです。
「自分にとって必要な課題をクリアする」というミッションにしては、あまりにも非効率な宿題だと思いませんか?
これほどひどい宿題が他に出されていないことを願いたいですが、残念なことに似たような宿題の話はあちこちで聞きます。
■ それでも「やる意味のない」宿題は存在しない
今は意味のわからないことであっても、いつかその意味がわかるようなことはたくさんあります。
将来、みなさんが社会に出たときには「やる意味がわからない」仕事をやらされるという経験がきっと出てくることでしょう。それでも、与えられた仕事には、どんな仕事であっても、全力で取り組まないといけません。
世の中には「やる意味のない」仕事など存在しません。どんな仕事にも「やる意味」は存在するのです。「意味がない」と感じてしまうのは、仕事を始めたばかりでまだその「意味がわからない」か、その仕事の「意味を考えていない」だけなのです。
どんなに「意味がない」と思える仕事でも、「どんな意味が込められているのか」を考えて全力で取り組めば、きっと意味は見つかります。意味が見つかることで、直面するさまざまな課題に対しても、自分で解決策を見つけられるようになっていくのです。
残念ながら、社会においても学校においても、「やる意味がない」と決めつけて与えられた課題に真面目に取り組まない人がいることは事実です。
しかし、そのような人と、「やる意味」を考えて全力で取り組んだ人との間に、どれだけの差がつくのか、少し考えればわかりますよね?
宿題についても同じことが言えます。たとえどんなにひどい宿題であっても、それが自分に必要な課題ではないと思えたとしても、「やる意味がない」ということはありません。「やる意味がない」ような宿題は存在しないのです。「やる意味」を自分で見つけられないから「やる意味がわからない」だけなのです。
だから、先ほどの悲劇のような夏休みの宿題にも、「やる意味」はちゃんとあるのです。
■ どうせやるなら徹底的に
一見無意味に見える大量の宿題も、自分にとって役に立つ部分は必ずあります。この宿題をやると何がレベルアップできるのか。「やる意味」を考えて、やり方を工夫すれば、とても意味のあるミッションになります。
先ほどの夏休みの宿題の例でいえば、
簡単すぎる人は、どれだけスピードアップできるか。
1回目→2回目→3回目でかかった時間を測り、スピードを上げることに挑戦してみるのはどうでしょう。
難しすぎると感じた人は、どれだけ間違いを減らせるか。
1回目→2回目→3回目で間違えた問題を数えて、簡単なミスを減らして、できる問題を増やすことを目的にしてみるといいですね。
こんなふうに、「やる意味」は必ず見つけられます。自分にとっての「やる意味」を見つけられたら、効果が出るやり方を考えて、全力で取り組みましょう。
そして、どうせやるなら「そこまでやるか?」と言われるぐらい徹底的に取り組んでみてはどうでしょうか。「意味がない」と決めつけて適当に終わらせている人たちに、圧倒的な差をつけられますよ。
■ 自分の課題は、自分で見つけて、自分の力で解決する
大切なことは、与えられた課題であっても、その課題の中には、自分にとってクリアすべき課題が必ずあるということです。やりたくない気持ちもわかりますが「やらされる」という意識は捨てましょう。
そして、たとえどんなにつまらない課題であっても、「やる意味」を考えて、全力で取り組んでください。必ず自分にとって特別な課題になります。
ただし、どれだけ「やる意味」を考えても、与えられた大量の宿題の中には、自分にとってはあまりやる必要のない課題が多く含まれていることも事実です。
そこで、今の自分に足りないものは何か、自分がレベルアップするために何が必要なのか、探してみてください。そうすると、自分にとって本当にやるべき課題が見つかるようになります。そうやって見つけた自分だけの課題は、きっと誰かに与えられた課題よりも、はるかに内容の濃いものになっているはずです。
「自分の課題は、自分で見つけて、自分の力で解決する。」
これは当教室の指導目標であり、自立学習の極意です。自分にとって本当に必要なやるべき課題は、自分で見つけるしかありません。やるべき課題を見つけたら、自分の力でできるようになるまで、くり返し練習して、1つ1つ確実にクリアしていきましょう。クリアした課題の数だけ、確実に実力がついていきます。
どんなことにも「やる意味」はあります。どうすれば最大の効果が出せるのか。その意識を持って、徹底的に取り組んでみてください。アルカディア数学教室は、みなさんの自立学習を全力でサポートします。頑張ってください。応援しています。
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